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7年間〜今の私ができるまで〜 その8



<小学6年生>(一風変わった塾へ通う話)

 K学園から帰りぎわ、それならば次だなとその足で塾に寄ってみようということになった。・・・どうやら私も私の両親も、決断が早くて行動力があるらしい。「学校に行かない進学ガイド」に載っていた塾だ。別に進学したい気がそれほどあったわけでもなかったけど、本を読んだ両親がなかなかよさそうなところだと言ったこともあり、半分ちょっと勉強でもしてみようかなという気持ち、半分親が少し安心するのではという気持ちからのこと。

 余談ですが、実は前にも一度塾というものに行ったことがありました。地元では結構有名で大きな塾だった。教室形式ではなく、個別授業というのをとったのだけど、いろんな意味ですごかった。学校と同じ机と椅子が、一つずつおいてある。机の前は、壁。ほんとうになんの余裕もなく、手をのばせばすぐ壁。椅子にすわれば、後ろも当然同じ状態、すぐ壁になる。一応左横に窓がある場所だったのだけど(つまりなくてそこも壁な場所もある)、すりガラスなので景色もなにもあったもん じゃない。そして、右横に先生だ。
 そこから見えるものは壁とすりガラスと時計と先生のみ。四方をかこまれ、ラジオ体操もできないような狭い空間の中で、自分の前にどんな生徒が来ているのかも知らずただぶっつづけでエンピツを動かす。
(といっても、私にかぎっては、らくがきしながら時計ばかり見てたことが多かった気はする)
 私にとっては、息が詰まるどころの話ではなかった。
 すぐにやめた。
 辛抱がたりないと言う人もいるだろうけど、なんとでも言ってくれ。我慢した方がいい状況かどうかぐらい、自分が一番よく分かっているつもりです。

 で、話は戻って新たな塾を探している最中。
 「E」という塾だった。
 うちの最寄の駅の近くにあるらしいと母が本を見ながら言うのだけど、そんな塾聞いたこともなかった。たしかに、駅の商店街の中には塾がたくさんあった。たいていビルの中に入っていたり、ビルそのものだったりする。私が前に少しだけ通った塾も、そのうちの一つだ。その塾たちの名前は、興味はなくてもたいてい少しくらいは聞き覚えのあるものばかり。けれど「E」は本当に全く聞いたことのない名前だった。
 「このへんじゃないか」とグルグル車でまわるのだけど、一向にそれらしい建物が見つからない。小さな田舎の商店街を、何周もしてしまった。
「おかしいなあ」
 ついに商店街の地図を見るはめになる。十年以上暮らしていてこんなことは初めて。
 塾がたくさん集まっているあたりを探すが、ない。一応メインとされている通りも見るが、ない。本当にないのではないだろうかと思いはじめたとき、
「あった!」
 と、地図を指差し言ったのは私だったと思う。
 どうりで見つからないはずだ。車では入れない細い道の中、飲み屋街の奥という考えもしなかった場所に「E」はあったのだ。
 早速、車をてきとうな場所に停めてそこへ向かう。
 「E」という看板を発見。間違いない、ここだ。やっと見つけた。
 三階建ての建物だった。屋上には植物が栽培されているのが見える。他の塾と比べればだんぜん小さいけど、それでも想像してたより大きいなあ。と、思った。でも、実は二、三階は塾長の自宅で、主に塾として使われているのは一階のみということが後日判明することになる。
 ガチャリとドアを開ける。ちょうど入り口あたりにいたおじさんが
「おや」
とこちらを見たのがわかった。両親が本で知ってここへ来たことを説明すると、まあどうぞと中へうながしてくれる。
 この人がここの塾長の、O先生だ。このときから中3までお世話になることになる。
 父よりも少し年上の年齢。と思っていたら、実は父と同じ地元の高校に通っていた先輩だった。これも後に判明。
 夏には涼しそうな頭と、ちょっと出ているおなかが印象にのこる。

 この塾には一階につと、二階に一つの部屋があった。入り口を入ってすぐのところは一応事務所とされていたけど、ここで勉強している人も多かった。
 本だながあって、いろんな種類の本がたくさん並んでいる。この部屋に置いてある本は参考書ではない。絵本とか詩とか小説などだ。好きな本があったら借りていってもいいことになっていて、貸し出しノートもおいてあった。
 奥の二部屋が授業用の部屋で、どちらにもホワイトボードがおいてある。
 私と両親は、たしかまんなかの部屋に通されたと思う。

 しばらくO先生と話して、ここへ通ってみようということになったのだけど、はてさてどういう経過をたどってのことだったか・・・。
「朝から晩までいりびたりの子もいるんだよ」
 と言いながら、「だから、好きな時間に来て、好きな時間に帰るという感じで来てみたら」というようなことをO先生は言ったと思う。なんせもうだいぶ前のことになるので、記憶はあやふやだ。
 「E」のいいところは不登校を受け入れる塾だけれど、不登校を専門にしている塾ではないというところじゃないかと私は思う。だから、当然だけど午前中に行けば不登校の子しかいないけど、夕方以降は学校へ行っている子の方が多い。おかげでここへ通っている間、学校へ行っている友達も増えた。
 O先生は不登校を理解しながらも、「学校へ行く」ということの利点もよく知っている方だった。そのあたりに私は好感を持ったのかもしれない。
 でも・・・というかなんというか、O先生もやっぱりちょっと変わった人だ。
 本を読むのがとても好きで、博識なのだけど・・・。
「部屋の四隅に机と椅子を一つずつ置いてね」
 と、いつだったか話していた。
「その机一つにつき、本一冊置いておくんだよ」
 一隅に一冊、つまり部屋のなかに読みたい本が合計四冊である。
 どれも続きが気になる本だから、均等に読むのだそうだ。右前の隅の机で本を何ページか読んだら、次は右奥の隅で別の本を、そしてまた何ページか読んだら今度は左の奥・・・と、くるくる回るO先生を私は想像した。事実、それに近い状態だったのだろうと思う。こういう本の読み方をする人は多くないだろうと思うのだけど、どうだろう。

 「E」は塾だったけど、きっと私にとってはいわゆる「塾」ではなかった。
「自分が自然に通える場所」つまり、フリースペースのような役割をしてくれていたのだと思う。馬鹿な話をしてさわいだ記憶と、勉強していた記憶とどちらが多いかは言うまでもない。
「学校はだめでも塾ならいいの?」
 疑問なのでしょう、これもよく聞かれた質問。そうなのです。あの塾ならなぜかよかった。よかったんだからしかたがない。
 長く勉強する日には、O先生の奥さんがカレーを作ってくれたこと。O先生がどこからかだがしを買ってきて、みんなに紙きれのおこづかいを渡し、だがし屋パーティーをしたこと。私が本を作りたいと言ったとき、O先生が「印刷機を貸してあげる」と手伝ってくれたこと。冬になると、いつの間にかどの椅子にもくまさん模様の座布団がついていたこと。

 この塾でのことで記憶に残っているものは多い。

 そういえば、最近は全然顔を見せていないことに今気づいた。こんなところで体験記に書かれていることを、O先生は知らないのだ。  今度又、手紙でも書こうと思う。






 


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