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私は、学校に行かなかったことを後悔したことはありません。
不登校生活をしていたおかげで、学校に行っていたなら決して出会えなかっただろう人たちと出会うことができましたし、いろいろな体験もできました。
そして、これは私にとって上の二つと同じくらい大事なことですが、あのまま学校に行っていたならおそらく気づきもしなかったことについて、よく考えることができるようになったのです。
義務教育9年のうち7年間。
それが、私がまともに学校へ行かなかった年月です。
小学校3年の途中からでしたから、正確に言えば6年半でしょうか。
とはいえ、そもそものはじまりは3年の時ではなく、もっと早く。幼稚園へ通っていた時代からのような気がします。幼稚園に行きたくなくて、泣いて嫌がりほぼ毎日先生を困らせていましたからね。
幼稚園なんだから勉強なんてしなくていいし、友達がいなかったわけじゃないし、いじめられてたわけでもない。なぜなのかなんて分からないまま、とにかく行きたくなかった。小学校にあがってからもずっとその気持ちは持ち続けていて、授業を受けながらも時計ばかり見て帰る時間をただ待っていました。
その時の私は家にいるのがとても心地よかっただけで、もしかすると学校が我慢できないほど嫌いというわけではなかったのかもしれません。
最初は精神的なもの。けれど、私の場合不登校をする理由はすぐにそれではなくなりました。
そこを出て客観的に見てみて初めて、学校へ戻りたくないと感じるようになったのです。
<小学校3年生>
宿題が全部できてないとか、次の授業でこの問題をあてられたら答えられないとか、他人から見たら「なんでそんなちっちゃいことで」(私でも今ならそう思う)と言われそうなことでもう明日のすべてが嫌になる。嫌になってもいかなくちゃいけなくて、それを夜中中考えていると朝になって熱が出るようになった。一回出だすと、次の日もその次の日も出るようになった。当たり前だけど、こんなことは異常。異常なので病院に行った。
母の話によると、その時「膠原病の恐れがあります」と言われて両親は相当悩んだのだとか。でも、学校が春休みになるととたんに熱は出なくなる。これはおかしい。それで両親は「ああ、学校に行きたくなくて熱が出るんだな」と、これが精神的なものからきていることが分かったらしい。
だからといってすぐに「そうだったの、早く言いなさいよ。だったらもう行かなくていいよ」なぁんてことにはなるわけがない。なるわけがないのが分かっていたからこそ熱が出たんだろうし・・・。
最初は私が不登校をすることにあたって歓迎的な人はいなかったように思う。
みんな「う〜ん」とうなって、眉間にしわをよせてばかり。
けれど、このしわが徐々になくなっていき、ついには笑顔にまでなってしまいそうな勢いになってくるから不思議だ。私が不登校になるということは、どうやらまわりの人達も一緒に考えさせ、時にはその人達の中で隠れていた何かを見つけてしまうことにもなっちゃったりするらしい。
とはいえそれはまだもう少し先の話。
両親と私はたぶん、このころ短い悩みの期間に入っていました。
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