This site hosted by Free.ProHosting.com
Google

7年間〜今の私ができるまで〜 その2



 そして、出てきたのは「教育相談室」なるもの。教室に通うのが無理ならここに通いなさいとのことだった。教育相談室とはつまり本来どんなことをする部屋か、これが今になっても分からないのだけど、とにかく私の学校のそこはその時「不登校になりかけている少年少女をどうにか再び教室へ部屋」だったのだと思う。その証明みたいにおばちゃん先生が一人、ここで登校拒否を起こしかけている生徒を教室に戻れるようにしようと頑張ってらっしゃった。
 でも、彼女自身はたぶん教室に戻そうという計画があることを生徒に見せないようにしているつもりだったんだと思う。なるべくこの教室を楽しい場にしようと思っていたのだかどうだか分からないけど、私が行くと必ずニコ〜ッと笑う。・・・申し訳ないけどちょっと気持ち悪かった。 ある時は「お花見しようか」と言うのでしぶしぶついていくと、なぜだか偶然にもクラスの生徒と合流することになってじゃあ折角だからあなたも一緒にということになる。くどいようだけど、これはあくまで偶然ということにしておかなければいけない。ケーキを作ろうかということになるとなぜだか大きいのが5個も。言うまでもなく、クラスに持って行って一緒に食べることにいつの間にかなる。なんだかもう昔のことで細かくは覚えてないけど、とにかくそんなとっても不思議なことが多々起きる場所だった。
 この教室に通っていたとき思ったこと。学校っていうところはどうなのか分からない。表面ではとっても寛容なことを言ってみたりしているのに、私が給食の時間にデザートのゼリーを二つ持って相談室に戻るとおばちゃん先生に呼び止められて、こう聞かれたことがあった。
「どうして二つも持ってるの?」
「どうしてって、さっき職員室行ったら用務員のおじさんが自分はいらないからってくれたから」
「だめ、返してらっしゃい」
なんで。
「他の子が見たら、自分たちは一つづつなのに、なんであの子だけ二つもらえるのかって思うでしょ」
 と、こんな風にどうでもいいことに細かいような気がする。
 ゼリーくらいいいじゃない、どう思われようと。用務員のおじさんがこの子にあげれば喜んで食べてくれるだろう思ってくれて、私がそれをありがたくちょうだいしたといういい話なのに、なんでこの人は横から水をさすんだろう。その時はそんな気分だったと思う。でも、今考えると学校側としては不登校児を特別扱いをすることは極力避けたかったのかもしれない。先生の話をもう一度思い出してみる。たぶん、私の両手をとって、私の背丈にあわして腰をおろし、目をのぞきこむように見ていた。「なんであの子だけ」では少し説明不足で、きっと「なんであの教室に来ない子だけ」という意味だったんだろう。いや、でもそれにしたてもだからと言って、一桁の年の生徒がゼリーもらって喜んでいるところに口をはさむ必要があるのかどうかはやっぱり疑問。たかがゼリー、されどゼリーということなのか。
 とにかく、この教育相談室通学というのは私に「学校のやり方は私に合わないんだ」という大人から見ればかなり生意気ともとれる、でも本気の考えを強めてくれた。
 かくして、いよいよ私の本格的な不登校生活がはじまることになる。