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7年間〜今の私ができるまで〜 その3



 学校行かなかったんなら、何してたの?って、よく聞かれる。聞かれると私は少し驚く。何でそんなこと聞くんだろう。まるでこの質問をした人は、学校がなくなったら何をしていいのかわからないみたいだ。実際、そうなのかもしれないなんて思う。
 小学生の間、私はこれ以上ないくらいに遊びまくっていました。遊び相手は、近所の不登校友達たち。といっても、何も夜の街にくりだすとかいうそうゆう遊びではなくて、何というかホントに文字どおりそのまんまの意味で遊んでたのです。つまり、缶けりとかドロケンとかターザンごっことか木の実とりとか、あげればきりがないけど、そういう遊びを、今までおくれてたぶん取り返すように覚えていきました。
 私の場合、不登校になったからといって家にとじこもるようなことは全然ありませんでした。不登校の子によくみられがちと言われている昼夜逆転の生活ともかけ離れてます。当たり前といえば、当たり前のことです。だって、夜になったら友達も寝ちゃうし、何より恐くて森に遊びに行けないじゃないですか。ちゃんと早寝して、早起きして、朝日がのぼってそうたたないうちに、うきうきと友達をさそって森に出かけるのです。私の遊び場所の拠点は、主に友達の家と森でした。森というのは近くの神社の鎮守の森で、小さいけれどそのおかげで迷うこともなく危ない動物もなくで、子どもにとっては絶好の遊び場所だったのです。さっき書いたターザンごっこというのも、この森での遊びでした。神社のすぐ裏から森に入ると、急な下り斜面になっているんです。見ようによっては、小さな谷のように見えなくもありません。斜面の手前ギリギリのところにたっている木の太い枝にロープがひっかけてあって、そのロープをつかみ、いきおいをつけてダッと谷に飛び込みます。ビンとロープがはって、木がブワッと私の体重を感じているよという動きをするのです。向こう岸があるわけではないので、大きな揺れがだんだん小さくなっていくまで待ちます。この時に感じる風がとても心地よいことを、なんだか今になっても鮮明に思い出すことができるような気がします。
 最初は恐かったけど、慣れるとこれが快感になるから不思議ですね。季節が来ると、毎年足下は赤い木イチゴでいっぱいになっていました。遊びながら、おやつにそれをちょいちょいつまむんです。甘酸っぱくて、今思えばとても貴重な味だったけど、その頃はいくらとっても有り余るほどあったので、それほど感じもせずにポケットに入れたまんまにして腐らせたりしたこともあったように思います。
 森の奥の方には王様とお后様の木があって、私たちの中ではその二本の木が森の中心の木であるということになっていました。だから、森に入るときは必ず一度挨拶をしに王様のところへ行くのです。(この前ある事情から久しぶりに王様とお后様の木をみて、自分の記憶よりずっとその二本が小さかったのに驚いたりもしましたが・・・)森のほかでは、大学の竹林で遊んだりもしました。あそこは見つかると怒られるというスリルが、なかなかどうして魅力的だったように思います。
 そんなこんなでこの頃には私も私の両親も、学校に行ってないということに悩む段階から早くもほとんど外れてきたようです。通っていた・・・なんだろう、不登校の子どもを持つ親の相談を聞くカウンセリング(?)のようなところもバカらしいし話あわないからと母は言ってやめました。そこは結局何が何でも学校に戻す方針のところで、家庭に悪いとこがあるから子供がそんなことになるんだという決めつけがあったといいます。なんていうんでしょう。たとえば 「夫婦仲が上手くいってないでしょう?」
 とか。
「姑さんと上手くいってないでしょう?」
 とか聞かれて、それで母が
「いいえ、うちはケンカをするなんてことめったにありません」
 と言うと
「それはおかしい」
言いたいことが言えてない証拠だと言われるらしいです。
 あとは、お母さんは家にとじこもってしまう方ですか、とか・・・まぁ、とにかく、なんとか家庭環境が悪いという裏付けをしようとしてたんでしょう。それで何か思いあたることが一つでもあろうものなら、「それだ」とやられそうな感じです。それであなたの娘は学校に行かなくなったのだと。
 ところがこの質問の数々がうちには見当違いもいいとこでした。何も問題なく上手くいってるのは変だと言うなんて、私にはそれこそおかしいと思えるんですけどね。言いたいことをきちんと家族の中で言い合えてても、上手くいってますよ、うちは。それを否定されてもどうしようもありません。とはいえ、私が学校に行かなくなった原因をさぐっていけば、やはり家庭が出てくるだろうなぁと実際思ったりします。それはそのカウンセラーの先生が言っていたのとは全然違う意味でですが。
 どういうことかというと、うちの両親は基本的に学校の方針と少し(?)違った考え方を持っているということです。(なんか私の不登校によってますます強化されたような気がしないでもないですが・・・だとするとそれまで知らず知らず押さえていたということかもしれません)それで、おのずと私の中にもそれはあります。で、それを持ったまま学校に行くとはじかれてしまうんですよね。無理に学校の考え方に変えられそうです。これに抵抗するのは容易ではなくて、ものすごく疲れてしまう。うまく言えなくてもどかしいですが、きっとそういうことも関係していたことでしょう。
 「個性を大切に」と学校はしつこいくらい繰り返すけど、私から見ればそれは「自然を守り豊かな地球を」と同じくらい、舌の上をただすべっているのです。  かくして、いよいよ私の本格的な不登校生活がはじまることになる。