7年間〜今の私ができるまで〜 その5
| <小学6年生>(谷どんの話) 髭おやじが担任になりました。 これが、6年生最初の出来事でしょう。今までの先生とはひとあじもふたあじも違う、なんとも濃いのが担任になったのです。髭が顔のまさに半分ほどの面積をしめていて、すごく印象に残るんですけど、私には同じくらい彼の瞳が気になりました。 白目のところがホントに真っ白(後に昔の仕事で薬品が目に入ったためと判明)。 なのに全体的に充血してるんですから(これも後に単にこの時酒の飲み過ぎだったことが判明)。新しい先生を紹介するからと不登校仲間の友人と一緒に学校へ行ったら、出てきたのは今までになく年齢の高いおじちゃんとおばちゃん。おじちゃんの方が私の担任で、谷どん。おばちゃんの方が友人の担任でしみちゃん。今ではこの人たちは二人とも私の友人です。しみちゃんの方がいつの間にやら先生をやめて選挙に立候補したので、知らないうちに市会議員に友達がいるようになってしまうというのはこれまた後の話なんですが・・・しみちゃんについては選挙運動中にマイクで「景ちゃーん、応援に来てくれたん?」と手を振られたことと、それから「学校に行かない子もなんたらかんたら」と続けられてまわりの人の視線を浴びるはめになったことが今でも忘れられません。 谷どんと私の関係は・・・ちょっと説明が難しいかもしれません。さっき友人と書きましたし、もちろんそうなんですが、この書き方だときっと誤解をされたことだと思います。「友達みたいな先生」というイメージになってしまうのだろうし、そうすると一緒に笑って一緒に泣いて一緒に悩んでくれる、ドラマにでも出てきそうな典型的ないい先生になるのではないでしょうか。谷どんは、そういうんじゃないんですよね。 それどころか逆に、感情をあらわにして話した経験は今までないように思います。でもそれはそう出来ないのではなくて、そうする必要がないからなような気がしますね。二人で話すときはいつでも落ち着いた会話といった感じでしょうか。とはいえ、それははたから見ればの話で、内容は結構濃いものだったりするのですが。彼の口調は普段とてもゆっくりしていて結構ぼそぼそと喋るので、同じ話をしていてもほかの人より時間がかかります。 でもその内容は私にとって興味深いものなので、つくづく自分にはたくさんの余裕があってよかったなぁと思っています。だって、そうでなければ「で、結論がどうなのか早く言ってよ」とイライラしてしまっていたかもしれません。これからも、そんなことで会話をつまらないものにはしたくないものです。 「私は、彼女の学校へ行かないという気持ちを尊重したいと思います」 私の担任になって初めて家に来たとき、谷どんは母にこう言ったそうです。もしかすると、家族以外に私の行かないという気持ちを認めて肯定した最初の人だったかもしれません。この言葉どおり、担任の頃は一週間に一度うちに来ていたけど、そこに私を学校へ戻そうという考えは一つもなかったように思います。本人いわく、「そんなことはどうでもいい、出されるコーヒーが美味いからそれを飲みに来てただけ」なんだそうです。あきらかにうちへ休息しに来てましたね。しょうもない 会議ばかりだと嫌になってうちに来てたし、校長がわからんちんだと言ってはグチをこぼしてるし。でもこのグチをよく聞いてると、いつでもやりとりの上で校長に勝ってきてるのだというのがわかって面白かったりします。何かあるとすぐ「それはおかしいんじゃないですか?」と反論する。(実際学校の中なんておかしなことばかりなので、何かあるとどころかしょっちゅうになるんですが)それでおかしいおかしくないと校長と言い合いになるんですが、でも絶対校長の方が感情的になって、すぐお決まりの「校長命令だ!」を叫んでしまう。そうすると、校長の負けなんですよね、いつも。その後は必ず谷どんに言いくるめられてしまう。なぜ負けなのかということは、谷どんの話を聞いてるとよくわかります。ちなみに私は話を聞くかぎり谷どんの方が正論だと思うので、勝ってあたりまえといった気がします。でも、全体的に見るとどうなんでしょうね。そろそろ教頭くらいになっててもいい年齢なのに、お声さえもかからないそうですし。まぁ、そんなことをしていてはヒラ教員で当たり前といった気がしないでもないですが。この前例のごとくフラリとやって来たので谷どんにそんな話をすると、まず推薦書を書いてもらわなければいけないというようなことを言ってました。 「校長に? この人は教頭になるにふさわしい人ですって?」 「そう、校長に」 ・・・そりゃ、ダメだ。素直に納得。 教頭になれないということは給料が上がらないということで、あいかわらず家のローンをかかえたままの状態だといつも言ってます。・・・私が知ってるかぎりずっと言ってるのだけど、一体いつになったらそのローンは払い終わるのでしょう。 でも時に私は、谷どんみたいな教員を持つはめになった校長の方もかわいそうだなぁと思うことがあります。いつだったか「私を校長にしてみなさい、そうすれば上手くやってみせます」とか言ったこともあったようですし。もっと他に素直でかわいいのがいっぱいいるのに、なんでよりによってこんなのが私の学校へって感じでしょう。そんな彼を相手に、それでもうちの学校は団結力がありとてもうまくやってますと世間には見せなくてはならないのですから。でも谷どんに言わせれば「校長命令だ!」の後コロッと態度が変わって「明日の校外学習楽しみですね、あなたといろいろ話せますね」なんて言われるのはもうちょっと勘弁してくれという感じらしいですが。 谷どんは山男で、当然というかなんというか自然派だと私は思います。自然派の人に髭をはやす人が多いのはなぜなんだろうとずっと疑問なんですが。とにかく機械とかてんでダメですね。パソコン買ったのはいいけど、買ってすぐにキーボードにビール一滴こぼれて動かなくなったとか言うし・・・。というか、パソコンしながらビール飲むなと私なんかは思うんですが、お酒って好きな人はいつでもそばにおいておきたいものみたいですね。山に登るときもいつもウイスキー水筒に入れて頂上で飲んでますし。重いだろうにと思うのだけど、「美味いなぁ」と言っている顔を見ると、人間好きなことのためなら多少重いことくらい気にならないものなのだなと実感します。山が好きですね、とにかく山が好きです。夏休みも山。正月も山。休みのうちどのくらいを山に使ってるんだろう。あと、反対運動も好きだと私は思ってます。 家に電話をしても「今日はどこどこでなになにの反対を」と言われてつかまらないこともしばしば。理不尽な工事のことを聞きつけると、たとえ遠くても反対を叫びに行きます。もともと弱い立場の住民派につくから、負けることがほとんどのようですけど。そして交通渋滞の元になる大型ショッピングセンターが出来てしまったりすると、私も一緒にそこへ偵察をしに行ったりしました。膨大な数の品物とキリのいい数字から1、2円ひいた安そうな値段(2998円とか)を見て、子供ながらに思うことがたくさんあったことを覚えています。 そういえば毎年きちんと有給を使い切る教師というのはめずらしいみたいですね。一年間一度も休みませんでしたと誇りに思う人もいれば、谷どんみたいにせっかく有給があるのに全部使ってしまわなくてどうするという人もいるから面白いと思います。 自然が好きというのでは一筋縄ではいかないとこがありますから、谷どんはやはりいろんなことをよく知っています。そういう面では、もしかすると私は谷どんと会ったりどこかへ出かけたりするたびにすごくたくさん理科の勉強をしたのかもしれません。やれ沢ガニとりだ、山だ、森だ、植物園だ。この葉っぱは食べられる天ぷらにすると美味い、とか。この花はこういう理由があってこの名前になった、とか。ヘビいちごに実は毒はない、食べれるから食べてみい、とか(食べた。スポンジに水ふくましてあるような味けのない味がした)。 イナゴの佃煮はよく言うけど、私は生きたやつを生で食べられる、とか(ウソだと言ったら本当に目の前でイナゴ捕まえて食べた。谷どんの口からイナゴの足が見えてなんかなんだかとても強烈な印象だった)。 まぁ、そんなことがいろいろあって、私は世の中がどんなことになっても谷どんはきっと生きられるだろうと思っているわけです。そのへんの地面に生えてる葉っぱすぐとって食べるから、汚いんじゃないの?っていつも言うんですが、お日様で消毒されてるから大丈夫との返事がかえってくる。私は今でもその言葉は信用しないことにしてます。 あと一つ、どこへ行っても校長受けの悪い谷どんですが、同時に保護者受けも悪いと私は思います。彼のことを気に入ってるのは一部の変わり者(うちの母のような)の保護者なのではないでしょうか。その理由として何が一番にあげられるかといえば、きっと「たよりない」とこでしょう。先生としてしっかりすべきとこが結構いいかげんです。たとえば生徒が「先生、明日の2時間目何になったんでしたっけ?」と聞いて、谷どんが「ああ、明日は」と言った教科と実際行われた教科が違っていたと質問した生徒のお母さんが「あの先生、どういう先生なの」と怒っていたというようなことがありました。いや、そんなに怒るほどのことでもないんじゃと私なんかは思うんですが、どうやら重要なことらしいです。 そのお母さんと谷どんでは、大事にしているところが違うんでしょうね、きっと。 まぁ、とにかく谷どんのおかげで、それまでいやいやながらもなんだかんだと引きずられ一年に数回くらいは行ってた学校に、気持ちいいくらいスパッと行かなくなりました。なので、もう6年もつき合いがあるのに、今まで一度も授業をしている谷どんの姿というものを見たことがないんですよね。考えてみると不思議なような気がします。でもこれ教師としてはきっとダメなことなんでしょう。学校の中では、不登校の担任になればその児童を少しでも多く登校させるようにさりげなく持っていかなくてはならないということになってるでしょうから。つまりこうやって彼が流されないで意志を持ちつづけるかぎり、谷どんに対する学校の評価が上がることはないのだろうなと思います。 「今年もなにとぞご助言のほどを」と年賀状に書いてくるのは、私でなく谷どん。 そんな少し不思議な関係は、まだもうしばらく続きそうです。 |