7年間〜今の私ができるまで〜 その6
| <小学6年生>(「不登校児を集める場所」の話) 不登校児を集める場所というものの一つ、「W」に、この時期行った ことがありました。 集める場所と書いたのは、集まる場所と区別するためです。 通っていたわけではなく、友人が行っていたので「ちょっとどんなんかのぞいてみよう」という軽い気持ちでのことだったと思います。 結果は予想外に散々たるもので、実は密かによくこんなとこ通えるなと思ってしまったくらい。なんて、せっかく通ってる友人にそんなこと言えるはずもなく、家に帰ってひたすら親にもらした覚えがあります。 つまり「W」は<小学校3年>のところで書いた「不登校になりかけている少年少女をどうにか再び教室へ部屋」の延長上にすぎなかったように私には思えました。 「W」がかかげてるものは「自由」でした。 「なんでもしていいよ。なにがしたい?」 と、W側は一応聞く。どうやら彼女ら(女の人しかいなかった)は、とりあえずそう聞くのが「自由」なのだと信じているようです。 仮に「これ」と言ったとする。 「あ、それ?それは危ないからやめた方がいいと思うの。それより、釣りなんてどう?釣り。いいでしょ、ね、ね。ほら釣り竿用意してあるの」 と、まあ多少大げさだけど、こんな調子。 温和な態度と言葉で、実にうまく向こうの言う危なくないことをするように持っていかれる。別に釣りが悪いっていうんじゃないけど、それならそうと・・・今日は釣りをするからとハッキリ言った方がいいのに。まるでみんなで決めた意見のようにされるのは、ちょっとどうかと思いました。 今まで比較的若い先生しかいなかったそこに、おばちゃんが入ってきたのは、そんなことを考えていたころ。たぶんこの中で一番えらい人なのだろう。雰囲気でなんとなくわかります。 第一声。 「あら、あなたは?」 私のことだ。見なれない顔がいることに、たいそう驚いたように見える。 私はといえば、ということは、普段そういうことはないのかとこの時遅れ馳せながら気づいたのだ。逆に驚いてしまっていました。 おばちゃんのメガネが、キラリと光った・・・かどうかは定かではないけど、もし漫画か小説にするのならそういう表現が合うのかもしれない。 「あ、Tさん(友人)のお友達で」 「あなたに聞いてるんじゃないの。私はこの子に聞いてるのよ」 若い先生が答えようとすると、ピシャリとおばちゃんはそう言った。 たぶん、ここに来てるからにはこの子、つまり私も不登校児なのだと分かったのだろう。なるべく自分から話をさすようにしなきゃだめじゃないの、というようなニュアンスが聞こえてくる。 別にそんなことしてもらわなくても、話くらいちゃんとできるのだけど。 それだけならまだしも、何を思ったかそのおばちゃんは、 「この子と二人で話しをさせてちょうだい」 なんて言い出したのです。 「えっ」と声に出したけど、心の中では「げっ」でした。 私は別に話したくないと瞬時に思ったけど、残念ながら私の性格ではそこまで口に出せない。ましてやその時は小学生だったのだからなおさらでしょう。 そういうわけで、その場には私とおばちゃんだけが残ることになり、その他の人はみんなボール片手にどこかへ行ってしまったのだった。 向かい合うような形で椅子を置き、座る。 面接か何かだろうか、これは。 まず言われたのはこんなことだった。 「あのね、まず電話をかけてもらってね、指定した日にお母さんと一緒に来てもらわなきゃだめなのよ。学校に連絡して、それからでないと出席日数にならないの」 つまり、ここへ通うためにはいろいろ手順があるのだから、いきなり来るなと言っているらしい。 ・・・かたい。漬物石くらいかたい。 「W」へ通うと、自動的に学校へ通ったことと同じになり、出席日数がつくという話しは聞いていた。でも私は、出席日数というものを頑張って稼がなくてはならない必要性を感じていなかったので、そんなに魅力的なものにはどうしても思えませんでした。 「ここへ通う気はありません」 なにやらおばちゃんが勘違いしたまま話が進んでいきそうだったので、キッパリと言う。 「今日はたまたま母がいなかったので、Tさんのうちに遊びに行ってました。そのついでで来ただけです。出席日数も、別にいらないんで学校と連絡つかなくても全然かまいません」 ここでおばちゃんは、ちょっと信じられないようなことを言った。 「ああ、じゃああなたはTさんの家にあずけられたのね」 と言ったのです。 なんてことを言うんだろう、この人は。 なにげない言葉かもしれないけど、その時の私にはかなりショックな言葉だった。現に、今でもハッキリと覚えてるくらい。 なぜショックだったのか、そのときは上手く表現できなかったけど、今なら分かるような気がする。 あずけられたという事実に気づいたから、ショックだったのでは決してない。 そういう言葉を使われたことがショックだった。 それではまるで、うちのお母さんが子供を気軽によそへあずけてどこかへ行ってしまう人のように聞こえるではないですか。「私が」「Tさんと」「遊ぶことにした」のがなぜ、「お母さんが」「私を」「Tさんのおばちゃんに」「あずけた」とこになってしまうのだろう。つまり、考えすぎと思われるかもしれないけど、軽く親を侮辱されたような気がしたのだ。 この言葉だけで、このおばちゃんが不登校児の親というものを、どういうふうにとらえて、決めつけているのかが分かった。親だけでなく、不登校児自体も。 彼女の中に不登校児とはこういうもの、というのがしっかりと根付いていているのだ。私が見たところ、それは「学校に行けないかわいそうな、ゆびさきでちょっと押したらくずれてしまう子」のようだった。そういう子達だから、私たちがしっかり導いてあげなくてはということらしい。 ところが、目の前にこれに当てはまらない不登校児というのがきてしまった。 さっきから何度もつついてみて、押してみて、時にたたいてみたりしているのに(実際にしてるわけではない。念のため)、「なにおう、負けんぞ」とその場から動かない少女なのだから。 何を隠そう、私のことである。この辺の意思はこの頃からかたいのです。 だからなのか、だんだんおばちゃんは温和な表情から「困るのよね」とありありと字が書かれた顔にかわってきました。 「あのね、ここはね、学校に戻りたいと思ってる子が来るところなの」 そう? Tさんが戻りたいと言ったことなど一度もないけど。 「仲良し二人組みが、ここで遊ぼうという気で来てもらったら困るのよ」 なんでだ。『勉強してもよし、遊んでもよし、何しててもよくて出席日数ももらえる』というのがここのテーマで、いつでも笑顔でそう言ってるのに。なぜ私はこうも綺麗な箱の中身を見てしまう機会が多いのか。いいかげん、ちょっとうんざりしてきた。 「どうやら、あなたはここへ来る必要はない人のようね」 だから、最初から通うつもりはないと言っているでしょうが。ちょっとのぞいて帰るつもりで、こんなことになるとは思っていなかったんですよ。 話がてんでかみ合わないので、心でしっかりつっこみを入れながら、口はてきとうに相槌をうつはめになっていったのだ。 「学校に行かなくていいという方針の団体もあるのよ」 ・・・知ってる。けどあれはあれで行きすぎた感があるので好きじゃない。 『学校に行ってる奴が間違っている、私たちが正しいのだ』なんて言っているのを見ると、言葉は悪いが正直あほかと思ってしまう。 「でも出席日数のことは心配でしょう」 と、またもおばちゃんは決めつけてくれる。 「学校の正門をさわりに行くって方法があるわよ。それで一日出席になるの。どう?」 いや、どうと言われても・・・。その方法ならいつだったかの担任だった先生に提案されたことがある。 「そんなことするくらいなら、教室行きますよ」 苦笑しながら、そのときと同じ答えを私はした。 自分がするしないは別にしても、そのやり方は好きではなかった。 出席日数を餌にまねきよせて、まずは正門、次はゲタバコ、そこまで来れたら保健室、職員室、最後に教室というわけだ。まるでねずみ取り機かなにかのよう。第一、正門さわっただけで一日出席になるなんて、毎日きちんと学校に通っている人の立場はどうなるのだろう。 「あなたは強い子ね」 話の終わりかけた頃だろうか、おばちゃんがそんなことを言ったのを覚えている。 「自分の意見をしっかり言えて、本当に強いわ。あなたなら、大丈夫ね」 私はちょっと間をおいてから、あいまいに微笑んだ。 |